プロダクト開発の二つの戦略:「ソリューションありき」と「ビジョンありき」

takk!やメンヘラ.jpの居場所データベースなどのWebサービス開発に関わって思ったこと。

 

今まで僕は、プロダクトを世の中に広げていくためには、まず小さな成功例を生み出し、それが周囲の人に評価されていくことで広まっていく、という流れを辿ることが必要だと思っていた。

 

だが、最近のWebサービス開発の動向を見るに、前述のような「ソリューションありき」のプロダクト開発の手法よりも、「ビジョンありき」のプロダクト開発の手法の方が、ユーザニーズに関する情報や人的リソースを集めやすいし、結果的に上手くいきやすいのでは?という気がしてきている。

 

「ソリューションありき」のプロダクト開発

「ソリューションありき」のプロダクト開発のやり方としては、自動車メーカーのホンダの創業はまさにその例だ。

 

www.70seeds.jp

 

休養期間の間に、本田さんは終戦後放置されていた陸軍の無線機を動かすためのエンジンを何かに使えないかと考えます。ある時、奥さんが大変な思いをして、自転車で遠くまで買出しに行く姿を見て、自転車の補助動力として使うことを考え出します。

 

最初は本田さんの奥さんがテストライダーとして、このエンジン付き自転車に乗っていたそうなのですが、それを見た人が次々と本田さんのもとを訪れ、ぜひ改造エンジンを売ってほしいと頼み込んだそうです。

 

この改造エンジンは非常に好評となりまして、本田さんは浜松の地に本田技術研究所を設立し、事業としてエンジンの加工に取り組むことになります。しかし、 非常によく売れてしまったため、改造元だった軍用の発電エンジンが底を尽きてしまいました。そこで、本田さんは自ら自転車用エンジンの設計に取り組む事に なります。こうして本田さんが一から設計し、誕生したのが「A型エンジン」になります。

 

 奥さんの課題を解決したプロダクトは、同じ課題を持つ他の人にも支持されるようになった。身近な人の身近な課題を解決するソリューションを生み出し、それを横展開していく。エンジニアとしては非常に馴染みのよいストーリーだ。

 

「ビジョンありき」のプロダクト開発

終戦時は多くの人が「移動が大変」という困りごとを持っていただろう。しかし、現代において、多くの人が感じている明確なニーズ、というのはなかなか無くなってきている。

 

Webサービスは「限られた界隈のユーザが熱狂的に支持する」プロダクトを作ることを目標に据えることが多いが、そういうニーズの多くはかなり文脈依存的であり、ニーズの詳細を掴むことの負荷がけっこう高い。そのため、まずはそのプロダクトを支持してくれるユーザ層を捕まえることが至上命題だったりする。

 

そういう背景もあってか、「ビジョンありき」のプロダクト開発の手順はエンジニアとしても非常にやりやすいなと感じた。具体的には、

 

1. 目指す世界観(=ビジョン)を記事として書き、

2. それを多くの人に伝えて共感してもらい、

3. 支持してくれるユーザを集めた上で、

4. その世界観を実現するためのソリューションを磨き込んでいく、

という手順になる。

この記事を読む方が伝わると思うが)

 

メンヘラ.jpのクラウドファンディングはその良い例だろう。

 

camp-fire.jp

 

精神の問題を抱える当事者たちにとって、最大の問題のひとつが「孤立」です。 孤立から脱しリアルコミュニティへ繋がるために、全国の自助グループや支援者団体のデータベースを作りたい。 ネットからリアルへ、「つながり」を築ける仕組み作りを目指します。

 

当然だが、クラウドファンディングをやっている段階において、居場所データベースはプロダクトとしては存在していない。身近な誰かの課題が解決されているわけではない。だが、エモさの高い記事を発信することで、400万円近い資金を集めた。その資金を元に開発を進め、現在では居場所データベースは稼働を始めており、少しずつ登録イベントが増えてきている。

事前に注目を集められたため、使い勝手に関する意見も早いスピードで集まっており、改善も早く進められそうだ。

 

 

takk!も同様で、プロダクトの目指す世界観をメッセージとして打ち出したnoteの記事がNPO運営者などの界隈に広まり、その影響でユーザが急増した。

 

note.mu

 

マーケットプレースの場合、初期は登録者数が少ないので、マッチングもなかなか生まれにくく、そのためにユーザ数もなかなか増えない、という「鶏か卵か」のジレンマがある。

このジレンマを乗り越えるために、最初は個人営業をかけて出品者を一人一人地道に増やしていくマーケットプレースのサービスも多いと聞くが、takkは個人営業をほぼすることなく、多くの出品者に登録してもらうことができた。出品までのUXの簡易さと、世界観に共感してくれたユーザが多くいたことが要因だと考えている。

 

 

とはいえ、開発していると、「ビジョンありき」戦略だからこその苦労もある。

特に難しいなと感じるのが、「機能」に対する考え方だ。

 

今までは、ユーザのやりたいことを聞いて、それを実現できる機能を追加していけば良いと思っていた。ユーザにはやりたいことがあるが手段がない。ならばその手段を提供すれば使ってくれるだろう、という発想だ。

 

しかし、「ビジョンありき」戦略の場合、サービスを支持してくれているユーザの多くは「機能」ではなく「世界観」を支持してくれている。ユーザは機能を求めてこのWebサービスに集まっているのではなく、その世界観に近づくための提案を求めて集まっているのだ。

だからこそ、サービス運営側は、新しい機能を出すだけではなく、「その機能を通してユーザに何をして欲しいのか」と「その行動が、なぜ私たちの目指す世界観の実現につながるか」を、分かりやすく共感しやすいメッセージにして、ユーザに対して発信しつづけないといけない。「ビジョンありき」戦略によって支持を獲得したユーザに対しては、"サイトが提供しているそれぞれのアクションは、私たちの目指している世界観を実現するためのソリューションなのだ"ということを常に説得しつづける必要があるということなのだと思う。機能ではなく世界観を支持してもらっている以上、運営側は遠くのビジョンと手元の機能をつなぐ物語を提供しつづけないといけないのだ。

 

なんにせよ、自分が前提としてきたことがひっくり返る経験がなんどもあって面白い。まだまだ若輩であるが、面白い経験を積み重ねながら頑張りたいと思う。